ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトは1756年、ザルツブルクに生まれた。幼少期から神童として名を馳せ、父レオポルトに伴われて各地を旅しながら、音楽家として成長していった。その早熟さ、豊かな創造性、そして驚くべき筆の速さによって、今日なお「天才」の代名詞として語られる。もっとも、その創作は天分だけに支えられていたわけではない。バッハやヘンデルに学び、対位法にも深く通じていた彼の音楽には、確かな技術が息づいている。
当時の作曲家は、宮廷や有力者に依頼され、典礼や社交の場に応じて音楽を提供していた。モーツァルトはその枠組みに留まらず、1781年にザルツブルク宮廷を離れ、ウィーンで自立した音楽家として歩み始めた。公開演奏会で都市の聴衆を相手に活動した彼は、宮廷音楽家から近代的な作曲家へ向かう変化を、きわめて早い時期に体現したのである。
本作はそうした転機のさなかに生まれた。モーツァルトはザルツブルクの有力市民であったハフナー家と縁が深く、1776年には、同家の婚礼祝典のために《ハフナー・セレナード》K. 250を作曲している。そして1782年、今度はジークムント・ハフナー二世の叙爵を祝う音楽を求められ、自身の結婚準備に追われる中で急ぎ筆を進めた。特筆すべきは、この祝典音楽が、後にモーツァルト自身の手で演奏会用交響曲へと改められた点である。本作は、祝典の場を彩る音楽から、都市の聴衆に向けた交響曲へと姿を変えた、まさにその過渡期を映す作品なのである。
楽曲解説
第1楽章 Allegro con spirito
2オクターヴの跳躍によって劇的に始まり、力強いユニゾンと行進曲風のリズムが、祝典的な輝きを示す。第2主題は明示されていないが、音楽はソナタ形式に基づいて進んでいく。転調を重ねながら緊張感を増す展開部もまた印象的である。
第2楽章 Andante
前楽章の勢いから一転して、穏やかな歌心が広がる。弦楽器の柔らかな流れに木管が彩りを添え、音楽は明るい気品を保ち続ける。祝典の華やぎに響く室内楽のようである。
第3楽章 Menuetto – Trio
メヌエットは堂々としており、祝賀の場にふさわしい輪郭を持つ。対するトリオではオーボエとファゴットの柔らかな響きが、舞曲としての軽やかさを引き出している。端正な曲調が、宮廷の格式を感じさせる。
第4楽章 Presto
めまぐるしく動く弦楽器に導かれ、気品と活力をもって駆け抜けていく。第1楽章の華やかな雰囲気を受け継ぎつつ、より軽やかな楽想も現れ、最後はティンパニに導かれながら全奏の力強い響きで終わり、演奏会用交響曲として鮮やかに結晶する。
ジークムント・ハフナー二世は生涯独身であり、彼を最後にザルツブルク名門のハフナー家は断絶した。だがその名は、時代の妙によって、一曲の交響曲とともに後世へ残されたのである。
参考文献
- 諸井三郎(解説), 2024, 『モーツァルト 交響曲第35番ニ長調 KV385〈ハフナー〉 』, 全音楽譜出版社, 東京都.
- R. Angermüller, 2008, “Ein seliger Menschenfreund: Sigmund Hafner, Edler und Ritter zu Innbachhausen (1756–1787)” in Verein Freunde der Salzburger Geschichte; Ed.; Salzburg Archiv, Salzburg.
